2010年 03月 20日
ジプシーズ 友の会 |
今日は自分的にはとても内容の濃い1日でした。
世の中春のお彼岸と言う事で、まずは荻窪まで母と先祖のお墓参りに行きました。そして今日お休みを頂いていたバンマスも付き合ってくれました。風は強かったのですが良い天気。バンマスは墓参りの際に深い事を言いました。「うちもお墓が近かったら良かったな~」と・・・。
そうですよね~自分も悩みました。本当は先祖と同じ場所のお墓にしてあげられるとは思っていなかったのです。当たり前ですがはっきり言って都内はめちゃめちゃ高いのです。なので最初は世田谷区北烏山の寺町に買おうかと思ってたのですが、250万円くらい(汗)それでも都内なら安い方なんですよね!
その時、住職さんに相談しました。すると深い話を聞かせてくれました。「失礼ですがあなたは結婚してますか?そしてもし結婚をしててもお子さんはいますか?」と聞くのです。なので「未婚です」と答えました。すると住職は「ではこれを見て下さい」と言って、墓地の方へ歩いて行きました。そして「これは無縁になってしまった方達の墓です」と言いました。
「兄弟がいない、未婚、お子さんがいないとなると、墓を守っていく人が当たり前ですがいなくなってしまいますので、失礼ですがこうなってしまう事が多いのです。なので大金を払ってお墓を購入しても」と住職は教えて下さいました。すると住職は「今は親戚付き合いもしない方が多いので、こう言うのが流行りなのですよ」と言い立派な建物に連れて行ってくれました。それは25万円を最初に納めるだけで、この先ずっと供養して下さる共同墓地でした。共同と言っても骨壷を収めるのも別々ですし、その建物の中に入るとビックリでした。ステンドグラスが一周している明るい建物で、自分は最初ここにしようと決めたのです。なぜか運が良く、母親が育った家の近所で、しかも母の先祖と同じ墓地に埋葬する事が出来たのです。その事は本当に良かったと思っています。ここなら自分がいなくても9人の母の兄弟、そして母の甥・姪、そしてその人達の子供と続いている訳ですから、当分は無縁にはならないですよね(笑)
さてちょうど昼時です。そして荻窪ですのでラーメンです(笑)実は地元なのに行った事がない店がありましたので、勇気を出して行きました!「丸長」です。ここは10数年前のつけ麺ブームの時に脚光をあびました。ですが、麺がなくなると閉店なので、なかなか入れなかったりとズルズルこの日まで来れずにいました。そして念願が・・・ですがこう言う店ってルールがありそうなので苦手です。オーダーして良いのか?待たないといけないのか?などなど(笑)そこは女性ですねバンマス。意外と関係なく事を進めます(笑)やはりつけ麺が売りなので、ふたりつけ麺にしました。カウンター席だったので、店主の動きが見えるのですが、うちのおやじ並に動きが遅くて面白かったです。で入り口の文書を思い出しました「当店は時により30分くらい時間を頂く事がありますので時間がない方はご遠慮下さい」と書いてありました(笑)店主すごく仕事が丁寧なのです。スローモーションみたいでした。他の人のラーメンを見たらビックリです。荻窪ラーメンよりさらにスープの色が黒いんです。そして運ばれてきたつけ麺の汁も黒いんです。たっぷりのコショウとネギ、メンマ、そして細切れのチャシューでした。少し酸味が強くて癖になる味でした。また食べたい感じです。でも次はラーメンだな。
そして戻り道、公園に寄りました。今日は土曜なんですね~公園家族連れが多い様子でした。手漕ぎボートに乗っている家族を見ると、子供が漕ぎ、お父さんはボートの上で寝る人。なんだか良い光景です。そして青年1人でボートに乗っているのを発見。彼は彼女を乗せる為の練習でしょうか?でも練習良いです!でも彼ボートが進みません(笑)と言うより逆に漕いでる(汗)ボート小屋のおばちゃんに「こげません~ん」と言っているし・・・本番じゃなくて良かったね。俺、自慢じゃないけどボート漕ぎは上手いです。父・武士譲りなんです。子供の頃から「漕げないと女の子にカッコつかねいぞ!」と言われ続けましたので(笑)そして散歩していると主がいました。でかい(汗)
バンマスは寄りたいパン屋でお買い物。基地にいったん戻り、キッチンを見るとそれはパンとハリネズミ(パンの)なんだか食べるのが悪い感じですねこう言うのって
さて最初にお墓の話などしてしまいましたが、今日は15年振りくらいに行きます!なのでバンマスにも会社休み取って頂きました。その名も「ROCK'N'ROLL GYPSIES」です。あっ!これバンドの名前です。このバンドには「花田裕之」と「池畑潤二」と言う方がおりまして、なんと説明すれば良いか分かりませんが、自分がいろんな事に?いろんな意味で?盛んな頃、この2人の音楽をよく聴いた。特に「池畑潤二」さんはものすごく衝撃を受けた人だった。鶏冠の髪を振り乱し、とんでもなく力強い8ビートを刻み、スネアドラムを叩く姿は我々の地元の不良のアイドルだった(笑)今でも自分は日本で最高のロックンロールドラマーと信じている。「花田裕之」はソロ一作目が布袋寅泰完全プロデュースと言う事で1990年に話題になった。1990年と言うのは自分は中学3年生であり「なんだか何時もの布袋とは違い、大人っぽい(今思えばブルース色)アルバムだな~」と影響を受けたアルバムだった。言ってしまえばブルースの香りがするギターフレーズなど聴いた事の無い15歳が聴いてしまい「渋い」と思ってしまった最初のアルバムだった訳だ。そのアルバムでも叩いていたのは「池畑潤二」だった。しかもベースは松井常松。こんな面子ガキの俺はノックアウトKOである。あの頃から考えて約20年経つのだが、15歳の頃聴いてた物は今でも「好きか?」と聞かれると、やっぱり忘れられない何かがそこにはあり「好き」と答えてしまうだろう。
話を戻し3月はプロレスをこれも何十年振りに見に行こうと思ってたのだが、なかなか日程が合わない時に「ROCK'N'ROLL GYPSIES」のライブ告知を見た。まず目を疑った「ROCK'N'ROLL GYPSIESってあのROCK'N'ROLL GYPSIESかな?」と・・・と言うのも15年前にROCK'N'ROLL GYPSIESと言うバンドを見たからだ。だが現在存在しているかも知らないでいた。もちろん花田裕之さんはUAや山下久美子などのサポートで活躍しているのも知っていたし、池畑潤二さんはそれこそ浅井健一やチバユウスケ・山下久美子のサポートをしていた。その告知を見た夜はネットで検索してみた。やはりあのROCK'N'ROLL GYPSIESに間違いない。しかも下北沢と言うではないか!近い!はっきり言って少々照れ臭いのもあった。最近はハワイアンなどの曲を演奏する日々なので、まず爆音と言うのも・・・(笑)でもあの頃「カッコイイ」と思ってた人は今でもカッコイイのか?と言うのも自分自身で確かめたかったのでチケット購入した。今回の会場も初めてだ!何時も通る道にこんな会場があったとは・・・
会場に入るとオールスタンディング!これも最近見てなかった光景だ。若い人もいるが、どちらかと言うと自分よりは少々上の世代の方が多い様だ。会場に流れている音楽は「The Byrds・FIFTH DIMENSION」だった。自分がバーズで1番好きなアルバムだ。なんだか嬉しい。そして自分は思わずバンマスに言ってしまった「なんだか落ち着かなくて、興奮しているのが自分で分かる」と(笑)自分は手にはあまり汗を掻かない方なのだが、緊張しているのか?少々汗ばむ(笑)
そしてついにROCK'N'ROLL GYPSIESと再会だ!池畑さんのドラムングを聴いた瞬間「カッコイイ~」と叫んでしまった!最高のロックンロールドラマー今だに健在だった!花田さんの60年代ES335のギターの音色が体の中を穿る感じが自分にはした。もちろん池畑さんのドラミングは胸に刺さるし・・・こうなるとこちらも最近のマンダラとは違う態度に出る(笑)ライブ会場の何に使うか分からない台を勝手に持ち出し、それに上る始末だ(笑)そして図太い声で「イケハター」と叫んでしまった(恥)以前と違う事はひとつあった。今年50歳らしく、途中休憩があった(笑)だがロックスター健在である。もちろんだがバンマスは1曲も知っている曲はなかったと思う。だが彼女は踊ってたよ!フユ姉さん!(笑)たまには良い物だ爆音ってさ。まさかとは思っていたが、最高に嬉しい瞬間が訪れた!「Love Hurt」と言う曲が飛び出したのである!これは1995年「ROCK'N'ROLL GYPSIES」ファーストアルバムの1曲目だ!自分はこれでTKOだった。やっぱりカッコ良い物はカッコ良いと分かった。スゲ~ドラムだった。
ロックを見ると、自分もたまには大きい音で弾いてみたいな~と思ってしまった夜でもあった。ジェットヘル再結成か!それともフルーツブラザース。そして会場を出る前にバンマスに言われた「イケハタ~と叫んでたのはあなただけですよ」。興奮する自分を観察していた様だった。
世の中春のお彼岸と言う事で、まずは荻窪まで母と先祖のお墓参りに行きました。そして今日お休みを頂いていたバンマスも付き合ってくれました。風は強かったのですが良い天気。バンマスは墓参りの際に深い事を言いました。「うちもお墓が近かったら良かったな~」と・・・。
そうですよね~自分も悩みました。本当は先祖と同じ場所のお墓にしてあげられるとは思っていなかったのです。当たり前ですがはっきり言って都内はめちゃめちゃ高いのです。なので最初は世田谷区北烏山の寺町に買おうかと思ってたのですが、250万円くらい(汗)それでも都内なら安い方なんですよね!
その時、住職さんに相談しました。すると深い話を聞かせてくれました。「失礼ですがあなたは結婚してますか?そしてもし結婚をしててもお子さんはいますか?」と聞くのです。なので「未婚です」と答えました。すると住職は「ではこれを見て下さい」と言って、墓地の方へ歩いて行きました。そして「これは無縁になってしまった方達の墓です」と言いました。
「兄弟がいない、未婚、お子さんがいないとなると、墓を守っていく人が当たり前ですがいなくなってしまいますので、失礼ですがこうなってしまう事が多いのです。なので大金を払ってお墓を購入しても」と住職は教えて下さいました。すると住職は「今は親戚付き合いもしない方が多いので、こう言うのが流行りなのですよ」と言い立派な建物に連れて行ってくれました。それは25万円を最初に納めるだけで、この先ずっと供養して下さる共同墓地でした。共同と言っても骨壷を収めるのも別々ですし、その建物の中に入るとビックリでした。ステンドグラスが一周している明るい建物で、自分は最初ここにしようと決めたのです。なぜか運が良く、母親が育った家の近所で、しかも母の先祖と同じ墓地に埋葬する事が出来たのです。その事は本当に良かったと思っています。ここなら自分がいなくても9人の母の兄弟、そして母の甥・姪、そしてその人達の子供と続いている訳ですから、当分は無縁にはならないですよね(笑)
さてちょうど昼時です。そして荻窪ですのでラーメンです(笑)実は地元なのに行った事がない店がありましたので、勇気を出して行きました!「丸長」です。ここは10数年前のつけ麺ブームの時に脚光をあびました。ですが、麺がなくなると閉店なので、なかなか入れなかったりとズルズルこの日まで来れずにいました。そして念願が・・・ですがこう言う店ってルールがありそうなので苦手です。オーダーして良いのか?待たないといけないのか?などなど(笑)そこは女性ですねバンマス。意外と関係なく事を進めます(笑)やはりつけ麺が売りなので、ふたりつけ麺にしました。カウンター席だったので、店主の動きが見えるのですが、うちのおやじ並に動きが遅くて面白かったです。で入り口の文書を思い出しました「当店は時により30分くらい時間を頂く事がありますので時間がない方はご遠慮下さい」と書いてありました(笑)店主すごく仕事が丁寧なのです。スローモーションみたいでした。他の人のラーメンを見たらビックリです。荻窪ラーメンよりさらにスープの色が黒いんです。そして運ばれてきたつけ麺の汁も黒いんです。たっぷりのコショウとネギ、メンマ、そして細切れのチャシューでした。少し酸味が強くて癖になる味でした。また食べたい感じです。でも次はラーメンだな。
そして戻り道、公園に寄りました。今日は土曜なんですね~公園家族連れが多い様子でした。手漕ぎボートに乗っている家族を見ると、子供が漕ぎ、お父さんはボートの上で寝る人。なんだか良い光景です。そして青年1人でボートに乗っているのを発見。彼は彼女を乗せる為の練習でしょうか?でも練習良いです!でも彼ボートが進みません(笑)と言うより逆に漕いでる(汗)ボート小屋のおばちゃんに「こげません~ん」と言っているし・・・本番じゃなくて良かったね。俺、自慢じゃないけどボート漕ぎは上手いです。父・武士譲りなんです。子供の頃から「漕げないと女の子にカッコつかねいぞ!」と言われ続けましたので(笑)そして散歩していると主がいました。でかい(汗)
バンマスは寄りたいパン屋でお買い物。基地にいったん戻り、キッチンを見るとそれはパンとハリネズミ(パンの)なんだか食べるのが悪い感じですねこう言うのって
さて最初にお墓の話などしてしまいましたが、今日は15年振りくらいに行きます!なのでバンマスにも会社休み取って頂きました。その名も「ROCK'N'ROLL GYPSIES」です。あっ!これバンドの名前です。このバンドには「花田裕之」と「池畑潤二」と言う方がおりまして、なんと説明すれば良いか分かりませんが、自分がいろんな事に?いろんな意味で?盛んな頃、この2人の音楽をよく聴いた。特に「池畑潤二」さんはものすごく衝撃を受けた人だった。鶏冠の髪を振り乱し、とんでもなく力強い8ビートを刻み、スネアドラムを叩く姿は我々の地元の不良のアイドルだった(笑)今でも自分は日本で最高のロックンロールドラマーと信じている。「花田裕之」はソロ一作目が布袋寅泰完全プロデュースと言う事で1990年に話題になった。1990年と言うのは自分は中学3年生であり「なんだか何時もの布袋とは違い、大人っぽい(今思えばブルース色)アルバムだな~」と影響を受けたアルバムだった。言ってしまえばブルースの香りがするギターフレーズなど聴いた事の無い15歳が聴いてしまい「渋い」と思ってしまった最初のアルバムだった訳だ。そのアルバムでも叩いていたのは「池畑潤二」だった。しかもベースは松井常松。こんな面子ガキの俺はノックアウトKOである。あの頃から考えて約20年経つのだが、15歳の頃聴いてた物は今でも「好きか?」と聞かれると、やっぱり忘れられない何かがそこにはあり「好き」と答えてしまうだろう。
話を戻し3月はプロレスをこれも何十年振りに見に行こうと思ってたのだが、なかなか日程が合わない時に「ROCK'N'ROLL GYPSIES」のライブ告知を見た。まず目を疑った「ROCK'N'ROLL GYPSIESってあのROCK'N'ROLL GYPSIESかな?」と・・・と言うのも15年前にROCK'N'ROLL GYPSIESと言うバンドを見たからだ。だが現在存在しているかも知らないでいた。もちろん花田裕之さんはUAや山下久美子などのサポートで活躍しているのも知っていたし、池畑潤二さんはそれこそ浅井健一やチバユウスケ・山下久美子のサポートをしていた。その告知を見た夜はネットで検索してみた。やはりあのROCK'N'ROLL GYPSIESに間違いない。しかも下北沢と言うではないか!近い!はっきり言って少々照れ臭いのもあった。最近はハワイアンなどの曲を演奏する日々なので、まず爆音と言うのも・・・(笑)でもあの頃「カッコイイ」と思ってた人は今でもカッコイイのか?と言うのも自分自身で確かめたかったのでチケット購入した。今回の会場も初めてだ!何時も通る道にこんな会場があったとは・・・
会場に入るとオールスタンディング!これも最近見てなかった光景だ。若い人もいるが、どちらかと言うと自分よりは少々上の世代の方が多い様だ。会場に流れている音楽は「The Byrds・FIFTH DIMENSION」だった。自分がバーズで1番好きなアルバムだ。なんだか嬉しい。そして自分は思わずバンマスに言ってしまった「なんだか落ち着かなくて、興奮しているのが自分で分かる」と(笑)自分は手にはあまり汗を掻かない方なのだが、緊張しているのか?少々汗ばむ(笑)
そしてついにROCK'N'ROLL GYPSIESと再会だ!池畑さんのドラムングを聴いた瞬間「カッコイイ~」と叫んでしまった!最高のロックンロールドラマー今だに健在だった!花田さんの60年代ES335のギターの音色が体の中を穿る感じが自分にはした。もちろん池畑さんのドラミングは胸に刺さるし・・・こうなるとこちらも最近のマンダラとは違う態度に出る(笑)ライブ会場の何に使うか分からない台を勝手に持ち出し、それに上る始末だ(笑)そして図太い声で「イケハター」と叫んでしまった(恥)以前と違う事はひとつあった。今年50歳らしく、途中休憩があった(笑)だがロックスター健在である。もちろんだがバンマスは1曲も知っている曲はなかったと思う。だが彼女は踊ってたよ!フユ姉さん!(笑)たまには良い物だ爆音ってさ。まさかとは思っていたが、最高に嬉しい瞬間が訪れた!「Love Hurt」と言う曲が飛び出したのである!これは1995年「ROCK'N'ROLL GYPSIES」ファーストアルバムの1曲目だ!自分はこれでTKOだった。やっぱりカッコ良い物はカッコ良いと分かった。スゲ~ドラムだった。
ロックを見ると、自分もたまには大きい音で弾いてみたいな~と思ってしまった夜でもあった。ジェットヘル再結成か!それともフルーツブラザース。そして会場を出る前にバンマスに言われた「イケハタ~と叫んでたのはあなただけですよ」。興奮する自分を観察していた様だった。
by steelfriend
| 2010-03-20 19:00
| 演奏
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